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東京地方裁判所 昭和60年(ヒ)156号 決定

申請人 甲野太郎

被申請人 乙山株式会社

右代表者代表取締役 丙川松夫

右代理人弁護士 長野法夫

同 宮島康弘

同 富田純司

同 布施謙吉

同 熊谷俊紀

主文

申請人が所有する乙山株式会社発行にかかる記名式額面普通株式(一株の金額五〇円)一〇〇〇株の株式買取価格は、一株につき金二四七円とする。

理由

一  申請人は、申請人所有の被申請人発行にかかる記名式額面普通株式(一株の金額五〇円)一〇〇〇株(以下、「本件株式」という。)の買取価格の決定を求める旨申請し、申請の理由として、

「1 申請人は、本件株式を所有している。

2 被申請人は、昭和六〇年一月三〇日に開催した臨時株主総会において、被申請人を存続会社とし、乙田株式会社(以下、「乙田」という。)を解散会社とする合併契約書を承認する決議をなした。

3 しかし、申請人は、右合併に反対であったため、右総会に先立ち、同月一八日付書面により右合併に反対する旨を通知し、かつ、右総会において右合併契約書の承認に反対した。

4 そして、申請人は、被申請人に対し、同年二月一三日付書面により申請人所有の本件株式を一株あたり四九五円で買い取るべき旨を請求したが、被申請人との間において、右決議の日から六〇日以内に協議が調わなかった。

5 よって、申請人は、商法四〇八条ノ三第二項、二四五条ノ三第三項に基づき、本件株式の買取価格の決定を求める。」

旨述べた。

二  これに対し、被申請人は、「申請人は、被申請人の合併発表前の平均株価が合併発表後の平均株価より低価格であったという状況下で、合併を知って本件株式を取得したものであるから、その取得価格が商法四〇八条ノ三第一項にいう「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」より高いときであっても、本件株式の買取価格については右条項に定める価格によるべきである。そして、右条項にいう「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」とは、合併承認決議の影響を受けない株式の客観的交換価値であり、結局のところ当該会社株式の合併発表前における客観的価格と考えるべきであり、本件のごとく市場価格のある上場会社株式の場合には、客観的価格は、株式市況全体、あるいはその業界または当該会社を取り巻く投資環境に急激な変化を与えるような要素の存在、その他一時的変則的な外部要因に影響されないと認められる時期における市場価格で捉えるのが最も妥当である。被申請人株式においては、合併発表前六か月間の株価には変則的一時的な外部的要因を受けた株価と認められるような要素は、合併発表直前のものを除き特になく、これら一時的な特殊要因の株価算定に与える影響も六ヵ月程度の期間で捉えるならば、さほど大きなものとはならない。したがって、合併発表前六か月間である昭和五九年五月二九日から同年一一月二八日までの平均株価である二四七円が本件株式の買取価格として客観的に妥当なものである。」と反論した。

三  当裁判所の判断

1  本件各資料によれば、申請の理由1ないし4の各事実が認められ、また、本件申請が商法四〇八条ノ三第二項、二四五条ノ三第三項所定の期間内になされたことは、本件記録上明らかである。

2  本件各資料によれば、被申請人の財務状態については、昭和五九年三月三一日現在において資本の額一二六億円、欠損金一一三億七四〇〇万円、昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日までの経常損失五一億四八〇〇万円であり、乙田の財務状態については、同年五月三一日現在において資本の額三〇億円、欠損金一億一四〇〇万円、昭和五八年六月一日から昭和五九年五月三一日までの経常利益一億三二〇〇万円であったこと、被申請人は、同年一一月二九日、乙田を昭和六〇年四月一日に吸収合併することを発表し、昭和五九年一一月三〇日の各紙朝刊において、両社が合併し、被申請人の資本勘定が昭和五九年九月末で約三四億円であったものが、右合併により乙田の含み資産を繰り入れることで、昭和六〇年四月一日時点には一〇〇億円ないし一一〇億円程度に増加することが見込まれている旨等の報道がなされたこと、被申請人は、昭和六〇年一月三〇日、合併契約書を承認する決議をなしたこと、被申請人株式は、東京証券取引所第一部に上場されており、株価の終値の一か月平均をみると、昭和五九年五月二九日から同年六月二八日までの間は一九二円(少数点以下切捨、以下同様)、同月二九日から同年七月二八日までの間は一九五円、同月二九日(但し、同日は日曜日で取引なし。)から同年八月二八日までの間は一八九円、同月二九日から同年九月二八日までの間は二二五円、同月二九日から同年一〇月二八日(但し、同日は日曜日で取引なし。)までの間は三二九円、同月二九日から同年一一月二八日までの間は三六一円であり、同年五月二九日から同年一一月二八日までの六か月間の終値の平均は二四七円であること、合併が発表された同月二九日から同年一二月二八日までの終値の一か月平均が三七五円であり、申請人が本件株式の名義書換請求をした同月一五日の株価の終値が三五四円、被申請人の右承認決議がなされた昭和六〇年一月三〇日の株価の終値が三四四円、本件株式について買取請求権を行使した昭和六〇年二月一三日の株価の終値が三三〇円であったことがそれぞれ認められる。

ところで、商法四〇八条ノ三第一項は、合併に反対する株主に株式買取請求権を認めているが、その趣旨は、会社が他の会社と合併する場合に、相手方会社の内容、合併条件等により株主が不利益を被るおそれがあるため、これに反対する株主に資本回収の手段を与え経済的な救済を図ることにあり、法が救済すべき株主として本来的に予定するものは、会社の合併が公表されるより前に株式を取得し、かつ、合併手続が進行することにより株価が低下するという影響を受ける株主である。また、証券取引所に上場されている株式について株主となった後に、会社が合併を発表し、合併発表前の株価に比べ、合併発表後の株価の方が上昇する傾向にあった場合には、合併に反対する株主としては、右条項による救済を求めるよりは、任意に株式を売却する方法を選択する方が経済的には有利であるが、それにもかかわらず右条項の救済を敢て求めたときには、「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」の限度で救済を与えられるにとどまるものである。

そして、右条項にいう「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」の趣旨は、合併がなかったと仮定した場合に、その影響を受けることなく形成されたと想定できる合併承認決議当日の交換価格をもって買取価格とするものであって、本件株式のように東京証券取引所第一部に上場されている株式にあっては、価格操作を目的とする不正な手段等通常の形態における取引以外の要因によって影響されたと認められる特別の事由のない限り、右取引所における市場価格を基礎としてその右交換価格を算定するのが相当である。

そこで本件について検討する前提として、まず、右に認定したような被申請人株式の価格変動の状況下で、被申請人の合併発表前に株主となった者が、合併に反対して敢えて右条項に定める株式買取請求権を行使したという想定事例における買取価格である「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」について検討すると、被申請人は、この点に関して、合併発表前六か月間である昭和五九年五月二九日から同年一一月二八日までの被申請人株式の終値の平均である二四七円が客観的に妥当であると主張する趣旨であると解されるところ、合併発表の直前一か月間の被申請人株式の価格変動については合併の影響を受けたものと窺えないでもないが、右六か月間の株価を全体的に観察すれば、これを算定の基礎から排除すべき右特別の事由が存在したとは認められないし、かつ、被申請人の主張にかかる算定方法が「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」を算定するには適切なものであると考えられるので、右のような想定事例における株式買取価格については二四七円とするのが相当である。右想定事例を踏まえて申請人についてみると、申請人は、右に認定したとおり、被申請人の合併発表後である昭和五九年一二月一五日に本件株式について名義書換を請求し、被申請人との関係では右同日本件株式を取得したものであり、したがって、被申請人の合併が発表された後にその事実を知りながら本件株式を取得したものであると推認できるところ、右条項の趣旨に照らせばこのように会社の合併発表後にその事実を知りながら新たに株式を取得して株主となった者については、「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」による救済を本来的には顧慮する必要がないというべきであるが、他方、右に認定したような株価の推移のもとで、任意の株式売却を選択せず、敢えて右条項による救済を求めている申請人については、右想定事例における被申請人の合併発表前に株主となっていた者に対する保護の程度を超えて救済すべき理由がなく、かつ、承認決議当日及び買取請求権行使当日の各市場価格が「承認ノ決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」を超えていることを総合考慮すれば、結局、本件株式の買取価格は、二四七円とするのが相当である。

3  よって、本件株式の買取価格を一株につき二四七円と定めることとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 長秀之)

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